「パパ、これやってー」
そう言ったら、「今忙しいから、お母さんに言いなさい」。
「今度ここ行きたい」と言えば、「仕事だから、また今度」。
一回や二回じゃない。何回も、何十回も、願いが流れていく。
それが積み重なった子どもは、無意識にこう学習します——「私の望みは、聞いてもらえない」。
その前提が、大人になった今のあなたの友人・恋愛・仕事に、全部出てしまっているかもしれません。
ひとつでも「あ、これ私だ」と思ったら、少しだけ読み進めてみてください。
子どもは、願いを何度も流されると、だんだん本気のお願いをしなくなります。代わりに、「これならOKもらえるかも」を、少しずつ試すようになる。相手の顔色を見て、機嫌をうかがって、「甘えてもいいライン」「頼ってもいいライン」を探っていく。
これ、わがままだからでも、臆病だからでもない。叶わない体験を重ねた子どもが、それでも少しでも願いを叶えるために編み出した、精一杯の生き延び方だったんです。でも、この“間違った基礎”が一度できると、その後のあらゆる人間関係に、同じ思考がコピーされていきます。
断らなさそうな子とつるむ。頼みやすい子に頼む。そして知らないうちに、人を「自分より上か、下か」で分けて、戦略的に関わる術まで身についていく。対等に「これお願い」と言うより、「この人なら大丈夫そう」で相手を選んでしまう。
恋愛でも同じ。「この人なら受け入れてくれるかも」という相手を選んでしまう。そして本命になればなるほど怖くなって、「私には釣り合わない」で、そもそも諦める。
妥協して付き合った相手を、妥協だと思いたくない。だから今度は、思考で正当化しにいく。「彼はこういうところがあるからいいんだよね」って。——本当に心が動いている人は、理屈で説明しない。相手を“紹介”するみたいに理由を並べている時こそ、頭で納得させにいっているサインかもしれません。
本当はこの人にお願いしたい。でも、向こうに「嫌な顔されそうな空気」があると、もう頼めない。だから、断らない人を探すか、自分でやってしまうかの二択になる。前者はいつも満たされない欠乏感が残るし、後者は毎回、体力ギリギリまで自分を酷使する。
あなたが願いを言えないのは、欲がないからでも、遠慮深い性格だからでもない。「言っても、どうせ」を、小さい頃からずっと学ばされてきただけ。その前提は、あなたが作ったものじゃない。だから、書き換えることもできます。
物事のほとんどを、「叶えられそうか/そうじゃないか」で先に決めてしまう。だから、本当に欲しいものを掴みにいく前に、手が止まる。大きく傷つかない代わりに、深く満たされることもない。——不幸じゃない。でも、幸せでもない。この「宙ぶらりん」の正体は、そこにあります。
お願いが何度も「今忙しい」「お母さんに言いなさい」で流されると、“私の望みは聞いてもらえない”が前提になります。すると叶いそうなお願いしか言わなくなり、顔色を見て「これならOKかも」のラインを探るクセがつく。これが友人・恋愛・仕事に反映され、満たされない感覚として残ります。
“望みは叶わない”が前提だと、本当に好きな相手ほど「私には釣り合わない」と先に諦め、受け入れてくれそうな相手を選びやすくなります。そして妥協を認めたくなくて「彼はこういうところがいい」と思考で正当化しがち。理屈でパートナーを説明している時はサインかもしれません。
「叶えられそうか」だけで決めるのをやめ、先に「私は本当はどうしたい?」を置くことです。叶うかどうかの前に願いを言葉にするだけでも前提が書き換わります。この記事は自分を責めないための見方で、医学的な診断ではありません。
これは、心のしくみを見つめるための読み物です。医学的な診断ではなく、すべての人に当てはまるわけでもありません。つらさが強いときは、我慢せず専門家や医療機関を頼ってくださいね。