「もっと自分を認めたほうがいい」
「自分を好きになったほうがいい」
そう言われるたびに、やってみた。
なのに、自己肯定感なんて、ちっとも上がらない。
それ、あなたの努力が足りないからじゃない。
そもそも、自己肯定感は「言葉」で上げられるものじゃないから。
あれは、“私はこう扱われていい存在だ”っていう経験の中でしか育たない。
あなたのが低いのは——ただ、その経験が、少なすぎただけ。
ひとつでも「あ、これ私だ」と思ったなら、少しだけ読み進めてみてください。
子どもは最初、「私は価値がある/ない」なんて考えていません。自分がどんな存在かは、周りの大人が自分をどう扱ったかで、少しずつ刷り込まれていく。
話しかけたら、聞いてもらえた。泣いたら、気にかけてもらえた。失敗しても、それだけで人格まで否定されなかった。——そういう扱いが積み重なると、「私はここにいていい」「私の気持ちは大切にされる」という感覚が、土台として育つ。
逆に、話しても流される。失敗すると人格ごと否定される。できたことより、できなかったことばかり見られる。気持ちを言えば「そんなことで」「気にしすぎ」で片づけられる。——一度も「お前に価値はない」と言われていなくても、毎日の扱われ方が、そう教え込んでくる。
ここが、いちばん残酷なところ。子どもにとって、大人の反応は世界そのものです。だから「この大人の接し方、おかしいぞ」とは、まず思えない。それより先に、「私が悪いから、こう扱われるんだ」と、自分のほうに理由を置いてしまう。
その感覚を抱えたまま大人になると、こうなる。褒められても受け取れない。できても「普通」。ちょっとつまずくだけで、全部ダメに感じる。——自己肯定感が低いんじゃない。「私は大切に扱われていい」という経験を、あなたはただ、もらえてこなかっただけ。
あなたが自分を認められないのは、心が弱いからでも、卑屈だからでもない。「あなたは大切にされていい」と扱われる経験が、圧倒的に足りなかっただけ。だから無理に「私は素晴らしい」と思い込む必要はない。順番が違うだけです。
「自分の気持ちがよくわからない」——そう思ってるかもしれない。でも、それは違う。あなたは、ちゃんと最初に感じてる。
何かされた瞬間、本当は「嫌だった」「傷ついた」「もう我慢したくない」と、はっきり感じている。ただ、その直後に——「でも相手にも事情があったし」「相手も大変だったから」「仕方なかったのかも」と、相手のほうを理解しにいく。そして、最初に感じた「私は嫌だった」を、自分の手で小さく消してしまう。
相手を理解するのは、悪いことじゃない。でも、相手に合わせるために自分の感覚まで消したら、また、あなたの気持ちだけが置いていかれる。「相手にも事情があった」と、「私は嫌だった」は——どっちも、同時にあっていい。片方を消さなくていい。
だから、必要なのは「私は最高」と唱えることじゃない。自分の気持ちを、自分が雑に扱わないこと。それだけで、土台は今からでも積み上がっていく。
こうやって「私の気持ちには、扱う価値がある」を、自分に伝え続ける。自己肯定感は、その積み重ねの結果として、あとから静かに育ってくる。
自己肯定感は「私は素晴らしい」と言葉で思い込んで上げるものではなく、「私はこう扱われていい存在だ」という日々の経験の中で育つものだからです。まずは自分の気持ちを自分が雑に扱わないところから育て直すのが近道です。
性格とは限りません。子どもは「聞いてもらえた」「失敗しても否定されなかった」経験から“自分はここにいていい”を育てます。反対の扱われ方が多いと、直接言われなくても“大切にされる存在じゃない”と感じ、それを抱えて大人になります。育ちの影響であり、今から育て直せます。
感じていないのではなく、最初に「嫌だった」と感じた直後に「相手にも事情があった」で自分の感覚を消すクセがついていることが多いです。相手を理解することと「私は嫌だった」は同時にあっていい。まず最初の感覚を消さずに置くことが入口です。
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これは、心のしくみを見つめるための読み物です。医学的な診断ではなく、すべての人に当てはまるわけでもありません。つらさが強いときは、我慢せず専門家や医療機関を頼ってくださいね。