# 矛盾する気持ちと気持ち二つの間に、本当の望みがある|北谷の朝活で気づいたこと
今日は朝早くから化粧をして、北谷まで行ってきた。
私はもともと夜型人間だし、朝早くから外へ出るのが大嫌い。
特に夏場なんて、太陽が出ている時間にわざわざ外へ行くなんて無理……とずっと思っていた。
でも私は定期的に、いつもとは違う選択をひとつだけ取り入れるようにしている。
過去の思い込みを覆すような、プチチャレンジをしてみる。
今回の朝活もそのひとつだった。
最初はスタバへ行く予定だったけど、着いた瞬間になぜかデポの海沿いへ行きたくなった。
「じゃあ、そっちへ行ってみるかー」
と思って移動したものの、ベンチに座ってみてもなんかしっくりこない。
周りを見ながら、2階のお店を眺めてた。
「あの場所で作業したいなー」とふと思った。
そこで、思い切って、今まで入ったことのないお店へふらっと入ってみたら、これが大当たりだった♡
開店したばかりで、テラス席にはまだ誰もいない。
周りでは観光客が歩いているのに、そこだけ少し切り離されたように静かで、海を眺めながらゆっくり自分と対話できる空間だった。
その場所で自分の気持ちを掘り下げていた時、ひとつ面白いことに気づいた。
どちらが本音なのかを決めようとしていた
私はこれまで、自分の中に矛盾する気持ちが出てくると、
「結局、どっちが本音なんだろう?」と考えていた。
片方が魂の望みで、もう片方はエゴなのかな。
片方は本当に望んでいることで、もう片方は不安や依存から出ているだけなのかな。
どちらが正しい気持ちなのかを決めて、間違っている方をなくそうとしていたんだと思う。
でも最近、もしかしたらそうじゃないのかもしれないと思うようになった。
矛盾している二つの気持ちのどちらかがエゴで、どちらかが本音なんじゃなくて、その両方を満たす場所に魂の望みが隠れているんじゃないか。
自由でいたい。でも、一人にはなりたくない
例えば私は、自由でいたい。
会社に縛られたくないし、決められた時間に決められた場所へ行って、言われたことだけをこなす生活もしたくない。
自分で全体を見ながら、
「ここを変えた方がよくない?」
「こういうものを作ったら面白そう」
と考えて動く方が好き。
でもその一方で、誰かにちゃんと見ていてほしい気持ちもある。
「いいじゃん、やってみなよ」と応援してほしいし、実際に何かを始めた時には興味を持ってほしい。
必要な時には手を貸してほしいし、一緒に考えてほしい。
以前の私は、自由を選ぶなら一人で全部やらなければいけないと思っていた。
誰かに支えてもらうなら、その人や組織に合わせて、自分の自由を差し出す必要があると思っていた。
でも、私が欲しかったのは、そのどちらかではなかった。
好きなように動いていい。
決めるのも私。
だけど、「好きにすれば?」と放置されるのではなく、興味を持って見守ってくれる人がいる。
困った時には、「何かできることある?」と一緒に考えてくれる。
主役は私のまま。でも、一人ではない。
私が求めていたのは、そんな状態だったんだと思う。
自分の会社は持ちたい。でも、社長になりたいわけじゃない
仕事について考えた時にも、似たような答えが出てきた。
私は、企画も提案も実行もしたい。
マーケティングにも関わりたいし、人や物がどう動いているのかを見ながら、全体を改善していく立場にいたい、現場に入って一緒に作業もしたい。
だけど、会社員としてひとつの組織に縛られ続けるのは嫌。
そこで出てきたのが、
「自分の会社を持ちたい。でも、社長になりたいわけじゃない」
という気持ちだった。
これだけ聞いたら、何を言ってるんだと思われそうだけど、私の中ではかなりしっくりきている。
会社の中枢で、何を作るのか、どう届けるのか、どこを改善するのかを考える部分は私にやらせてほしい。
でも、会社全体を背負う社長は、もっと器の大きな人にやってほしいww
私は責任から逃げたいわけでも、誰かの指示だけを聞いていたいわけでもない。
自分の能力を自由に使いたいけど、何もかも一人で背負いたいわけでもない。
安心できる大きな土台があって、その中を自由に動き回れる。
私が欲しかった働き方は、たぶんこっちだった。
恋愛で欲しかったのは、安心できる冒険
恋愛でも同じだった。
私は、自分の知らない世界を見せてくれる男性に惹かれる。
探究心があって、自分の世界を持っている人。
社美緒やTOLANDOのサムのように、自分なりの視点で物事を見て、今まで知らなかった考え方や景色を見せてくれそうな人がいい。
危なっかしい人はもう嫌。
感情的に不安定で、何を考えているのか分からず、こちらを振り回す人とは関わりたくない。
曖昧な言葉だけ残して、こっちに意味を考えさせるような人もいらない。
以前は、刺激のある男性は不安定で、安心できる男性は退屈だと思っていたところがあった。
でも、これもどちらかを選ぶ必要はなかった。
私が欲しいのは、
安心できるのに、世界を広げてくれる人。
穏やかで、地に足がついていて、言葉や行動に責任を持てる。
そのうえで、
「これ面白そうじゃない?」
「一緒に行ってみよう」
と、新しい世界へ連れ出してくれる人。
危険な人に振り回されることを、刺激だと思わなくていい。
何も起きない関係だけを、安心だと思わなくてもいい。
私が欲しかったのは、安心か刺激かではなく、安心できる冒険だった。
片方を消そうとするから、答えが見つからなかった
自立したいのに、支えてほしい。
自由でいたいのに、見ていてほしい。
安心したいのに、新しい世界も見たい。
こういう矛盾が出てくるたびに、私は片方を間違った感情として消そうとしていた。
でも、どちらも自分の中に本当にある気持ちだから、片方だけを選んでもしっくりこなかったんだと思う。
必要だったのは、「どちらが正しい?」という質問ではなく、
「この二つを両方叶えるとしたら、どんな形になる?」
という質問だった。
そう考えたら、今まで曖昧だった望みが急に具体的になった。
自分の生き方をデザインして生きていたい
北谷の静かなテラス席で、そんなことを考えていた時に出てきたのが、
「自分の生き方をデザインして生きていたいなー」
という気持ちだった。
決められた時間に働くのではなく、朝起きて、
「今日はここで仕事がしたい」
と思ったら、その場所が遠くても行ってみる。
途中で違うと感じたら、予定を変えてもいい。
スタバへ行くつもりだったのに海沿いへ向かって、ベンチもしっくりこなくて、直感で入ったお店が大当たりだったように、その時の感覚に合わせて選び直していく。
そんな一日がずっと続いたら楽しそう。
じゃあ、それを特別な一日で終わらせず、そんな毎日を生きられる自分になるためにはどうしたらいいんだろう。
今度はそこから考えていきたいと思った。
日常の中にずっといると、いつもの考え方や選択から抜け出しにくい。
でも、いつもと違う時間に起きて、違う道を通り、初めてのお店へ入るだけで、今まで見えなかった選択肢が急に見えることがある。
今回、私が気づいた「二つの気持ちを両方満たす」という考え方も、家でいつものようにパソコンを触っていたら、ここまで具体的には見えなかったかもしれない。
ちゃんと自分と向き合わないと、心の底にある望みって案外簡単に見落としてしまう。
私がずっと決められなかったのは、優柔不断だったからではなく、用意された二択の中に欲しい答えがなかっただけだった。
だからこれからは、どちらかを諦める前に、
「私は、この二つをどんな形で両方叶えたい?」
と考えてみる。
そんなふうに自分の望みを見つけながら、生き方そのものを自分でデザインしていきたい。