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# 人にお願いできない心理|迷惑をかけたら嫌われると思っていた
📔 TAKARAの日記 2026.10.11

# 人にお願いできない心理|迷惑をかけたら嫌われると思っていた

先日、仕事場で「重いものは男性にお願いしてくださいね」

「絶対に無理して自分で持たないでくださいね」

と言われた。

いつも仕事中の私のことを気にかけてくれる管理職の男性がいたの。

重い荷物が来たら、近くにいる男性へ、「これお願いできますか?」と言えばいい。

最初からお願いしていいと言われているし、むしろ無理して自分で持たないように念を押されていた。

それなのに、実際に重い荷物が来た時、私はお願いできなかった。

頭では、「頼めばいいじゃん」とか「これはやってもらった方がいい」と思っている。

相手も頼まれる前提でいるし、私が勝手に無理をして持つ方が、周りからすると困るはず。

それでも、どうしても言えなかった。

なぜ、お願いしていいと言われても頼れないのか

その時の私の中には、

「あの人たちだって疲れている」

「ほかの仕事もしてるのに甘えたら迷惑かも」

「私が頼んだら負担が増える」

「自分でできることは、自分でやった方がいい」

という考えが出てきた。

最初は、相手に負担をかけたくないだけだと思っていた。

でも、

「お願いしていいと言われているのに、なんでここまで頼むのが嫌なんだろう?」

と掘り下げていくと、別の気持ちが出てきた。

「できないなら来るなよ、と思われたくない」

「役に立たないと思われたくない」

「戦力外だと思われたくない」

「私がいると仕事が増える、と思われたくない」

私は相手の負担を心配しているようで、本当は、お願いしたあとの自分の立場を心配していた。

何かを頼んだことで、

「この人がいると面倒くさい」

と思われるのが怖かった。

誰に対しても頼れないわけではなかった

ここで気づいたのが、私は誰に対してもお願いできないわけではないということ。

気軽に頼れる人もいるし、

「これお願い」と普通に言える相手もいる。

私が特に頼れなくなるのは、兄貴と雰囲気が似ている人だった。

自分から積極的にこちらへ絡んでこない人。

少し距離を取っているように見える人。

こちらを歓迎しているのか、面倒に思っているのかが分かりにくい人。

そういう相手にお願いするのが、ものすごく怖い。

相手が実際に私を嫌がっているわけではない。

ただ仕事に集中しているだけかもしれないし、もともと他人との距離を取る人なのかもしれない。

でも、その雰囲気に触れると、私の中では昔の感覚が勝手に出てくる。

お兄ちゃんにお願いすると「自分でやれ」と言われた

昔、お兄ちゃんに何かをお願いした時、

「自分でやれ」

と言われたことが何度もあった。

助けてほしくて声をかけても、面倒そうにされたり、しまいには避けられているように感じたりすることもあった。

頼ると嫌がられる。

お願いすると面倒くさがられる。

私のそばにいると負担が増えると思われ、距離を取られる。

そんな経験を繰り返すうちに、誰かにお願いすることと、その人から避けられることが、私の中でつながっていたのかもしれない。

だから兄貴と似た雰囲気を持つ人を前にすると、

「この人も、お願いしたら嫌な顔をするかもしれない」

「面倒な人だと思われるかもしれない」

「これ以上近づかないようにしようと思われるかもしれない」

という恐怖が出てくる。

お願いしなければ、拒絶されることはない。

断られることもない。

面倒な人だと思われることもない。

それなら、無理をしてでも自分でやった方が安全だった。

役に立つことで、居場所を守ろうとしていた

以前、パワハラのひどい職場で働いていた時も、似たようなことがあった。

周りから、

「女だからできない」

「女だから扱いにくい」

「この人に仕事を任せると面倒だ」

「この女のそばにいると力仕事が増える」

と思われたくなかった。

だから、きつい仕事も引き受けた。

難易度の高い仕事も覚えた。

重いものも持った。

できないことを減らして、「私は役に立ちます」

と証明し続けていた。

役に立てば、ここにいてもいい。

迷惑をかけなければ、避けられない。

一人で何でもできれば、面倒な人だと思われない。

私は無意識に、

人の役に立たないと、居場所はもらえない

と思っていたのかもしれない。

だから人にお願いすることは、単に作業を代わってもらうことではなかった。

「私はこれができません」

「あなたの助けが必要です」

と、自分のできない部分を見せることだった。

これまで役に立つことで守ってきた居場所を、自分から危険にさらすような感覚になる。

だから、お願いしていいと言われても頼れなかった。

「これお願いできますか?」が、私にとってはバンジーだった

ここまで掘り下げた時、

「これって、私にとってはバンジーなんじゃない?」と思った。

たった一言、「これお願いできますか?」

と言うだけ。

でも私の中では、

「できない私を見せても、面倒だと思わない?」

「負担をかけても、避けない?」

「役に立てない瞬間があっても、ここにいていい?」

と確認することになる。

特に、兄貴と似た雰囲気を持つ人にそれを言うのは、ものすごく怖い。

実際にお願いする場面を想像しただけで、

「怖いよー」

と思って、涙まで出てきた。

荷物を持ってもらえるかどうかが怖いのではない。

お願いしたあとの関係が怖い。

面倒な人だと思われ、距離を取られることが怖い。

だから、無理をしてでも自分で持とうとしていた。

お願いしても、居場所はなくならないのかもしれない

重いものを一人で持てることは、私がそこにいる条件ではない

できないことがあってもいい。

誰かに助けてもらう瞬間があってもいい。

その前提で、私はその仕事を任されていた。

頭では分かっている。

でも体の方は、まだそれを信じきれていない。

ずっと、

「役に立たなければ居場所はなくなる」

と思って生きてきたから。

だから今の私に必要なのは、何でも一人でこなせるようになることではないのかもしれない。

勇気を出して一言「これお願いしてもいいですか?」

顔色を伺いながら勇気を出して言ってみた。

「あ、はい」すんなりやってくれた

それからも重たいものがないかを確認してくれた・・

「なんだ・・怖くないじゃん。大丈夫じゃん。よかったぁ・・・」

っていう安堵感

お願いしても嫌われなかった。

面倒な人として避けられなかった。

助けてもらっても、自分の居場所はそのまま残っていた。

その経験を、自分の体に覚えさせることができた。

正直、またお願いするっていうのができるかどうかわからない

しばらくは、この恐怖と対峙しつつ、またやってみることを何度も繰り返していくのかもしれない。

でも、怖いからこそ、私にとってはバンジーなんだと思う。

人に頼ることは、私にとってただのお願いではない。

「役に立てない自分でも、ここにいていいのか」という存在価値そのものだった。

でも、このブロックが少し外れたことで必死に頑張らないでもちゃんと愛されるっていうことを自分に許可できた瞬間でもあった。

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