掘り下げをして気づいたこと
掘り下げをして囚われていた思考を外すと気持ちが楽になる。
前まで感じていたモヤモヤやイライラが感じなくなる。
嫌いだった人でも「あれ?この人以外と普通かも・・」っていう自分でもびっくりするくらい受け入れられることもある。
親への怒りや恨みもそう。
子供にもキツくあたってたのに、ブロックを外すとイライラが軽減される。
こんなに楽になれるんだーって毎回感動するんだけどさ、それと同時にステージも上がっている。
だから今までより高い場所にいたりするんだけど、でもそのステージでもまた課題は出てくる。
でも、人って「あれ?向き合ったのに現状が変わってない」って錯覚しがち
実は、それは大きな勘違いで、《お試しがきてる場合》と《新しく器を広げるための訓練》だったりもする。
変わってないんじゃなくて少し階段が上がってるの。
でも、階段を1段だけ上がっても見える景色が変わらないようにみえるのと同じで、確かに上にはいってるけど、見えてる景色がまだそれほど変わってないように見える。
で、そこで2通りの選択肢がある。
「なんの結果もでないならいいや」とか「やっぱりこんなことでかわるわけないんだよな」って言って、自分と向き合うのを諦めてしまう人と
自分の期待通りの成果じゃなかったとしても、でも感覚が変わったっていう体感があるからその感覚を信じて「もっとちゃんと向き合っていこう」って思う人
どっちが成長するかは、言わなくてもわかると思う。
現実って思うように動かない。
自分の願った通りにすぐに結果がでるものじゃない。
でも、今現状が辛い人ほど即効性を求める。
宝くじを買う人の心理と同じ。
稼ぐスキルよりも、一攫千金を狙う。
でも、実力がないから欲望に消費してまた元の生活に戻る。
これはベースが整ってないから起こる現象
私もずっと勘違いしてた。
向き合ってブロックを外せば、現実が変わってくれるはずっていう希望的観測でずっと掘り下げをしてきた。
でも、クリアしても前に進んでもまた似たような課題がやってくる。
その繰り返しに嫌気がさして投げ出したくるなる時が何百回もあった。
でも、気づいたのはそのステージでの課題があって、そのステージは今だかつて踏んだことない新しい領域だから、地慣らしをしないといけないというか、器を広げるための試練だったりもする。
そこでしっかり向き合えないと、そのステージで足踏みしてしまって、ずっと同じ課題が、手を替え品を替えやってくる。
「なんでいつもこうなるの?」は課題をクリアしてないから、あるいは魂の本音とは違う選択をしたからやり直しているのかもしれない。
パターンがいくつもあって、でもそれってその場でどのタイプの試練なのかっていうは、当事者でいるうちは区別がつきにくい
その課題をクリアした先に、あれはやっぱりこういうことだったのかもしれないって解釈を自分でつけていくものだと思う。
だから、一足飛びの成功法を求めてもいずれ失速していく。
でも、コツコツと実力をつけながら成長していくと、今まで乗り越えてきた数だけの知識と経験が混ざり合って高い壁にぶち当たっても「自分ならいける」っていう自信をくれる。
だから辛い時こそ自分との時間を大事にしていく。
これが遠回りにみえて1番の近道だったの。