タイミーで初めてバイトしてみた|6年ぶりの重労働で、過去の自分のすごさに気づいた日
初めてタイミーを使って、5時間だけアルバイトをしてきた。
選んだのは、リサイクル商品の洗浄などをする仕事。
私は病気になる前、産業廃棄物処理の仕事をしていて、トラックにも乗っていた。
家電の解体も普通にやっていたから、仕事内容を見たときに、
「これなら私にもできそう」
と思った。
しかも近場で、勤務時間は5時間だけ。
最近はずっと在宅ワークで、朝から晩までパソコンに向かっている。
身体を動かしたい気持ちもあったし、久しぶりに重労働をしたら、今の私はどう感じるのか試してみたくなった。
今の私が昔の仕事をしたら、どう振る舞うんだろう
今回働いてみたかった理由は、単にお金や運動のためだけではない。
今の私が昔のような職場に戻ったら、どんなふうに振る舞うのかを確かめたかった。
以前の私は、不安型愛着の影響もあって、
「認められたい」
「役に立たなければいけない」
という気持ちが強かった。
頼まれていないことまでやったり、疲れていても無理をしたり、周りの顔色を見て必要以上に気を使ったりする。
自分を守ることよりも、相手からどう見られるかを優先していた。
いろいろなことに気づいた今の私が、昔と似た環境に戻ったらどうなるのか。
また認められるために、無理して頑張ろうとするのか。
それとも、自分の身体や気持ちを優先できるのか。
ちょっとした自分の観察実験でもあった。
久しぶりの重労働は、意外と楽しかった
実際に働いてみたら、普通に楽しかった。
懐かしい感じがした。
職場は男性ばかりだったけれど、私はその空気がやっぱり落ち着くんだと思った。
必要以上に会話をしなくてもいい。
言われたことを、ただ黙々とこなしていく。
私は、こういう働き方が嫌いではないらしい。
今は自分で仕事をしていることもあって、自主的に考えて動く癖もついている。
それに、昔の経験も残っているから、細かく指示されなくても、ある程度は自分で判断して動けた。
「身体って、ちゃんと覚えているんだな」
と、少し感動した。
もう何年もやっていなかった仕事なのに、現場に入ると自然に身体が動く。
過去の経験は、終わったからといって消えるわけではない。
今の自分の中にも、ちゃんと残っていた。
午後になって思った。「これを毎日やっていたの?」
午前中は楽しかった。
でも、午後になると暑さが一気に増してきた。
日陰にいても暑い。
身体を動かし続けるから、どんどん体力を奪われていく。
そのとき、心の底から思った。
「これ、毎日フルタイムでやっていたの?」
「死ぬ……」
今回は、たった5時間。
しかも一日だけ。
それでも後半には、かなりきついと感じた。
6年前の私は、このような環境で毎日働いていた。
トラックに乗って、現場へ行って、重いものを運んで、家電を解体していた。
よく、あんな過酷な仕事を続けていたと思う。
6年前の私、マジですごい。
本当によく頑張った。
過去の私は、想像以上に真面目だった
今の自分からは、あまり想像できない。
昔の私は、マジで真面目だったんだと思う。
きつくても仕事へ行く。
頼まれたことは、きちんとやる。
自分の体調や気持ちより、責任を果たすことを優先する。
当時は、それが普通だと思っていた。
でも今の私が同じ仕事を体験したことで、過去の自分の見え方が変わった。
「なんであんなに無理していたんだろう」
ではなく、
「あの環境で、本当によくやっていたね」
と思えた。
過去の自分に足りなかったのは、根性ではない。
根性なら、ありすぎるほどあった。
足りなかったのは、頑張っている自分を自分で認めることだったのかもしれない。
もう、身体を酷使して生きる働き方には戻らない
久しぶりの重労働は楽しかった。
男性ばかりの職場も落ち着いたし、黙々と作業することも好きだった。
だから、過去の仕事を全部嫌だったことにする必要はない
好きだった部分も、楽しかった部分もある。
身についた経験も、今の私の中に残っている。
でも同時に、
**「もう、この働き方には戻りたくない」
**
ということもはっきりした。
私にとって、身体を酷使して働き続けることは、もう違う。
こんな働き方を毎日続けていたら、私の女性性が死んでまう。
身体の感覚も、心の余裕も、何を感じているのかもわからなくなって、ただ責任だけで動く人間に戻ってしまう。
今回5時間だけ働いたことで、それを改めて実感した。
免許を一部返納して、退路を断ったのは正解だった
私は以前、仕事で必要だったから取った免許を採算度返しで、免許更新の時に返納した。
役20数万円の努力の結晶を手放した。
そのときは、自分で退路を断つような選択でもあった。
免許を持っていれば、
「困ったら、また昔の仕事に戻ればいい」と思えてしまう。
それは安心にもなるけれど、私の場合は、自分を過酷な働き方へ戻す入口にもなるって知ってたから、もう二度とあんな働き方はしないために腹を括って捨てた財産だった。
でも今回、久しぶりに現場へ戻ってみて感じたのは、
免許を返納したこと、やっぱり正解だった。
あれは仕事から逃げたのではなく、自分を昔の生き方へ戻さないための選択だった。
過去の仕事ができないから、今の働き方をしているわけではない。
私は今でも、現場へ行けばある程度できる。
身体も覚えている。
働こうと思えば働ける。
でも、できることと、これからも続けたいことは違う。
過去の自分を認めるための5時間だった
タイミーで初めて働いてみて、いちばん大きかったのは、過去の自分の見え方が変わったことだった。
私は昔の自分を、
「無理ばかりしていた」
「自分を大切にできていなかった」
と見ることが多かった。
それも事実だと思う。
でも、その環境の中で生きるために、私は本当に頑張っていた。
たった5時間、昔に近い仕事を体験しただけで、それがよくわかった。
久しぶりの重労働は懐かしくて、意外と楽しかった。
そして、もう戻らなくていいとも思えた。
今回の仕事は、今の私が昔の働き方へ戻れるかを確認するためのものではない。
あの頃の自分に、
「あなた、マジですごかったよ」
「本当によく頑張っていたね」
と伝えるための5時間になった。