自分軸の育て方〜私はこうして不安型愛着を克服した話〜
30代前半までの私は、男がいないと生きていけなかった。
別れてもすぐ次の人を探して、誰かとつながっていないと不安で仕方がない。
一人になると寂しいし、好きな人から連絡が来なければ何も手につかない。
相手の言葉や態度ひとつで、その日の気分が全部決まってしまうような状態だった。
付き合う男性のタイプは毎回違った。
見た目も性格も、仕事も育った環境も違う。
だから今度こそうまくいくと思うのに、結局は毎回同じような末路をたどる。
相手に振り回されて、不安になって、追いかけて、傷ついて終わる。
それを何度も繰り返しているうちに、ある時ふと思った。
「あれ? これ、もしかして相手じゃなくて、自分に原因があるんじゃない?」
ここから、私の自分軸を育てる旅が始まった。
まず「変わる」と決めた
私が最初にしたのは、本気で変わると決めることだった。
方法を探す前に、まず決めた。
もう同じ恋愛を繰り返さない。
男がいなくても生きていけるようになる。
誰かの言葉や態度で、毎日の気分が変わる自分を終わらせる。
**変わりたいな、ではなくて、変わると決めた。
**
今振り返ると、私はその時すでに、変わった後の自分をなんとなくイメージできていたんだと思う。
一人でも普通に過ごせて、自分のやりたいことがあって、相手に嫌われることより自分の気持ちを大事にできる自分。
「いつかそうなれたらいいな」じゃなくて、私はそうなると決めていた。
あとは、そこに向かって歩いていくだけだった。
自分軸を育てるうえで、どんな自分になりたいのかを思い描くことは本当に大事だと思う。
未来の自分を待つんじゃなくて、そうなっている自分に会いに行く。
最初に変えたのは環境だった
思考や習慣を変えたいなら、まず環境を変えないといけない。
当時の私が最初にしたのは、断捨離だった。
ソファ、テレビ、テーブル。
家の中にあった、くつろぐためのスペースを全部撤去した。
元彼からもらった物も全部売った。
お気に入りだった18金のネックレスも質屋に持って行って、そのお金で机と本棚を買った。
今までの私は、家に帰ったらソファに座って、テレビやスマホから流れてくる情報をただ受け取っていた。
だからまず、その環境をなくした。
自分に必要のない情報を遮断して、自分が本当に知りたいことを、自分から取りに行く環境を作った。
100円ショップでノートとペンを買って、最初はスマホでYouTubeを見ながら勉強した。
その後、本を買って、初めてワークというものをやった。
日記を書いて、自分の思考に気づいた
最初の日記は、ただ今日あった悲しい出来事を書くだけだった。
好きな人がいて、その人のことを忘れられなくて苦しかったから、その感情を毎日のように書いていた。
連絡が来なくて悲しい。
会いたい。
寂しい。
どうして私を選んでくれないの。
最初は、ずっとそんなことを書いていたと思う。
でも、ある程度書き続けていると、自分が毎回同じことを考えていることに気づく。
「あれ? 私、またこれで悩んでる」
そこで初めて、
「なんで私はそう思うんだろう?」
「でも、本当はどうしてほしいの?」
と、自分に聞くようになった。
今みたいに掘り下げの知識があったわけではない。
ただ、ノートの上で禅問答みたいに、ひたすら自分と会話していた。
なんで悲しいの?
会えないから。
なんで会えないと悲しいの?
忘れられそうだから。
なんで忘れられるのが怖いの?
自分が大事じゃなかったと思いたくないから。
じゃあ、本当はどうしてほしかったの?
私を選んでほしかった。
こんなことを何度も何度も書いていた。
そして、感情を書けば書くほど思った。
「これ、この人だけの話じゃないな」
私は以前からずっと、遠い昔からずっと、似たような思いを抱えていた。
今好きな人に対して感じていると思っていた寂しさが、実は今始まったものではなかった。
「これが今の感情じゃないとしたら?」
そんな疑問が浮かんだ頃に、伊藤明先生の『恋愛依存症』という本を見つけた。
そこから二村ヒトシさん、岡田尊司さんの本にも出会った。
本の中には、今まで自分が感じてきたことや、恋愛で繰り返してきた行動が、これでもかというくらい書かれていた。
まるで占いや予言みたいだった。
自分ではその時その時で一生懸命選択してきたつもりなのに、実際は同じシナリオを何度も繰り返していた。
それを客観的に見た時に、「これはやばい」と思った。
そこから何度も出てきた言葉が、
「アダルトチルドレン」
「愛着障害」
「インナーチャイルド」
だった。
私はその言葉を頼りに、関連する本をとにかく読みまくった。
本に載っているワークもたくさんやった。
知識を入れて、日記を書いて、自分の行動や感情と照らし合わせる。
それを何年もコツコツ続けてきた。
知識を得ても、寂しさはすぐには消えなかった
愛着障害のことを知ったからといって、すぐに寂しくなくなったわけではない。
途中経過の私は、ずっと寂しいままだった。
孤独だった。
誰かに甘えたい。
かまってほしい。
連絡がほしい。
今までの自分は、何度も何度も出てきた。
歯を食いしばって耐えた日も、数えきれないくらいある。
「寂しい」と泣きながら日記に書き続ける日もあった。
誰かを好きになりそうになったこともあった。
でも、その人を見ていて気づいていた。
「この人、回避型だ」
私が一番恋をしやすくて、一番恋をしてはいけないタイプだということも分かっていた。
分かっていても、気になる気持ちは消せない。
会いたい。
もっと話したい。
近づきたい。
その衝動を抑えるのは、本当に苦しかった。
でも、そこで今までと同じ行動をしたら、また同じシナリオに戻る。
だから行きたい気持ちを抑えて、自分の感情を日記に書いた。
今までなら相手に向けていた感情を、自分で受け止めるようにした。
こうやって苦しい思いをしながら、少しずつ過去の自分と決別していった。
「嫌われたくない」と「好き」は違う
自分軸を育てるのは簡単じゃない。
特にアダルトチルドレンは、「見捨てられたくない」がベースになって行動してしまう。
しかも、それは恋愛相手だけに発動するものではない。
自分にとって大事でもない人にまで、無意識に嫌われないように振る舞ってしまう。
だから、その癖が治っていない間は、その都度、自分に聞いてあげないといけない。
「私、この人のこと本当に好き?」
「この人が離れていったら、本当に嫌?」
そうやって聞くと、決まって答えはNOだった。
だったら、嫌われても、離れていっても別に問題ないじゃん。
これをいちいち自分と会話していく。
今までの私は、「私はこの人と一緒にいたいのか」を考える前に、「相手に嫌われたくない」が発動していた。
本当は離れたい相手でも、先に「離れていかないで」が出てくる。
だから、自分の本音と思考の間にズレが起きて、余計にややこしくなっていた。
本音では好きじゃない。
一緒にいても楽しくない。
なんなら離れたい。
でも、相手から離れていかれるのは嫌。
相手に選ばれない自分になるのも嫌。
その状態を、私は「好き」だと思い込んでいた。
だからまず、
「相手が私をどう思っているか」
ではなく、
「私は相手を好きなのか」
ここから考えるようにした。
私はまず、土を育てた
今振り返ると、自分軸という木を育てるために、私はまず土を大事にしたんだと思う。
何も知らないまま木を植えても、土に栄養がなければ育たない。
だから最初に、知識という肥料を与えた。
本を読んで、ワークをして、日記を書いて、その知識が自分の中になじむまで、土をひたすらこねた。
そこに、
「私はどうなりたいの?」
という種を植えた。
種を植えたからといって、ずっと晴れの日が続くわけじゃない。
雨も降る。
嵐も来る。
台風も来る。
好きな人ができたり、誰かの態度で不安になったり、昔の寂しさが突然出てきたりする。
だから木が倒れないように、前もって支えを作った。
環境を整えること。
日記を書くこと。
感情を感じ切ること。
知識を身につけること。
実際、強い台風が来て、木が大きく傾いた時もあった。
それでも周りに支えを作っていたから、なんとか持ちこたえることができた。
そして晴れの日には、また水をあげる。
本を読む。
自分の好きなことをする。
一人でも楽しいと思える時間を増やす。
こうやって、その日の天気を見ながら、
「今日はどうする?」
と考えて、少しずつ木を育てていった。
自分軸が育ってくると、台風が来ても対策ができるようになる。
天気予報を見て、台風の強さを判断するように、相手の言動や行動を見て、その人がどんなタイプなのかも分かるようになる。
この人は近づくと離れる人だな。
この人は都合のいい時だけ連絡してくる人だな。
この人に今の自分が近づいたら、また不安型が強く出るな。
昔は台風が来てから慌てていたけど、今はhPaの数字を見て、近づく前に対策できる。
そうやって私は、天気や人や感情に左右されにくい木を育てていった。
木が大きく成長した今も、土は必ず耕すようにしている。
今ある土が、最高品質とは限らないから。
どの知識が今の自分に必要なのか。
どの考え方が自分に合っているのか。
どれが木にとっていい土なのかは、実際に触れてみないと分からない。
だから、これがよさそうだと思ったものは試してみる。
たまに失敗することもある。
でも、もう木そのものが簡単に倒れることはない。
自分軸は、一度作ったら完成するものじゃない。
木と同じで、生きている間はずっと手入れが必要なんだと思う。
だから私は今も、その日の天気を見ながら土を触っている。